明石川流域一帯の平野は、この地に稲作が根ずくまで、水草の生い繁る湿地帯で、水辺に集る鳥獣たちの楽園でした。
今からおよそ2200年ばかり前、明石平野の一角に稲作の技術や鉄・青銅器をもった人びとがやってきました。
かれらは遠く朝鮮半島や中国大陸から、海をこえて日本列島へ渡来してきましたが、まず北九州地方に第一歩をしるし、やがて東へ南へと足をのばしていきました。
弥生時代の開幕です。
この新しい文化の波は、間もなく近畿地方へ及びましたが、なかでも明石平野は最も早くその洗礼を受けました。
わたしたちの住むこの地に吉田遺跡や片山遺跡など、近畿地方で最も古い弥生時代前期に属する農耕村落が誕生し、
ながい間湿地だった明石流域の平野も、やがて黄金の稲穂が波うつ豊かな水田に生まれ変わっていったのです。
明石平野とその周辺で、これまでに発見された弥生時代の農耕村落は、すでに60ヵ所をこえています。
その農耕村落跡の中には、玉津田中、新方遺跡など、平野の中央に位置して広い範囲にわたる大集落もあり、
また、池上口ノ池遺跡のように、邪馬台国と女王卑弥呼の時代前後にわたって存続した、歴史上注目すべき集落遺跡もあります。
明石平野の開拓とその後の繁栄は、この弥生時代に起源があるといってもよいでしょう。
平和で豊かな田園地帯の頃の吉田を、市街地化が急速に進む中にあっても、いつまでも語りついでいかなくてはならないと思います。 |